2017 October

 

 
 
 
ローマから炒らしたイタリア人のB教授を問屋街にご案内、既に10回以上日本 にいらしているのでリクエストもマニアックに・・・。江戸時代から続 く人形 専門店にある博物館、人形の歴史や雛祭りの所以など日本人の私も知らないこと が多く興味深い。寛永3年(1626年)に江戸から京都の天皇 に入内した徳 川和子の宮中土産に御雛道具があったそうで、それほど江戸では雛祭りが盛ん だった事がしのばれる。雛が鳴ければ始らないお江戸の春と 言われたとか。

 

 

 
 
 
現在はドメイヌ・ド・ミクニのレストランになっている旧飯井箸邸、坂倉準三氏 の設計により日本を代表するモダニズム建築としても知られ昭和16年 に團伊 能氏の別邸として世田谷に建てられた。その後、近代美術館の館長を務められた 今泉篤男氏がお住まいの頃、若かった両親がお訪ねした話を子供 の頃から聞い ていた。軽井沢に移築され再び活用されていることは本当に素晴らしい。

 

 

   
 
 
 
洋画家の脇田和氏が亡くなってもう10年くらい経つ・・・在りし日の脇田先生 は私のジュエリーも熱心に御覧下さって、必ず奥様に一つ選んでいかれ た。 1920年代に青山学院中等部を中退してベルリンに渡り洋画を学ぶなど当時の 日本ではなかなか考えられない事だったはず。ベルリン国立学校で 卒業時には 金メダルを受賞し、帰国後は新制作協会の結成に加わったそう。1991年に先 生が83歳の時に軽井沢に鹿島建設の協力によって先生ご自 身が設計されたご 自身の美術館をオープン、1998年に文化功労賞をおもらいになった時は90歳であった とはにわかには信じられないほどお元気だった。本当 に素晴らしい人生を歩ま れた脇田先生を懐かしく思い出す。

 

 

 
 
脇田美術館の建築ワークショップ「建築家 吉村順三の作る空間とランドスケー プ」、父を含めた3人のトークショー。脇田美術館に隣接するアトリエ 山荘は 1970年に吉村順三氏の設計により建てられた日本のモダニズム建築として知 られる別荘住宅。父の恩師でもありる吉村順三氏、生涯一回きり のお仲人が両 親の結婚式、家族ぐるみのお付き合いが今でも続いている。我が家の旧軽井沢の 別荘は吉村先生が探して下さった土地、吉村先生の森の家と歩いて行き来できる。

 

 

 
 
 
脇田先生のアトリエは子供の頃訪れた懐かしい場所、その頃はお隣の美術館もま だ建設されておらず、ひっそりとした森のアトリエ、という雰囲気だっ た。鮮 やかな色のカーペットが印象的な細長い居間を抜けるとファイヤープレイスでパ チパチと薪の燃える音、その奥に先生のアトリエが広がってい る。絵の具や キャンバスの独特な匂い、夢のようなアトリエ・・・。夕暮れの中庭、建物と緑 が一体となって暮れてゆく空に浮かび上がる。

 

 

 
 
expo index 個展の初日も迫り準備も佳境に・・・。ギャラリーで私の一つ前の展覧会「内田 敏樹 とんぼ玉展」を拝見する。とんぼ玉は一つのガラスの珠の中にさ まざま な物語が織り込まれていて、大変なコレクターが居られる独特な世界。人気作家 のとんぼ玉はコレクターズアイテムになっていて、オークション なども盛んだ そう。殆どの作品は初日に赤、ほぼ完売・・・。 page top

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